一級建築士事務所 築kizuki

  

ごあいさつ

 少々長すぎた産休・育休を終え、満を持して『一級建築士事務所 築kizuki』を立ち上げました。管理建築士の長野博子です。
 なにかと厳しいちかごろの環境ではありますが、厳しい環境だからこそ、人の心や生き方が大切なのではないかと思ったりしています。
 お客さまご家族の心や生き方の支えになり、はぐくみの場となるご家庭づくりの、ささやかな力になれますことをねがって、精一杯のがんばらせていただこうと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

概 要

一級建築士事務所 築 (いっきゅうけんちくしじむしょ きずき)
開設者  長野建設株式会社 代表取締役 長野 豊
管理建築士  長野 博子 (一級建築士 大臣登録 第248039号)
岐阜県知事登録 第12154号  平成26年2月25日まで有効
住所  〒501-2601 岐阜県関市武芸川町谷口869番地
電話   0575-46-3008
FAX   0575-46-2562
E‐mail   yh162114@ccn.aitai.ne.jp

名前の由来

 我が家にはふたり息子がいますが、息子たちの名前を考えたときに候補に挙がりながら採用されなかった名前が「築」です。
 建築士事務所開設にあたって、私たちの3番目の子供のように大事に育てたいと考えて、家族会議の結果、この名前を採用することにしました。
 「きずき」と読むのは読みにくいとの不評も聞かれますが、「木好き」「気づき」の意味も込めて、あえて「きずき」にこだわりました。

管理建築士経歴

 昭和38年5月名古屋市昭和区で建築士の父、専業主婦の母のもとに生まれ、その後、愛知県岩倉市で育ちました。
 愛知県立松蔭高等学校を経て、昭和58年三重大学工学部建築学科入学。のちに夫となる人物と出会いました。
 昭和62年大学卒業と同時に、名古屋市に本社のある内田橋住宅株式会社入社。工事部設計課で建売住宅の設計や分譲マンションのインテリア・カラーコーディネイトなどを手掛けました。
 家庭の事情により平成元年2月に退職。父主宰の名古屋市昭和区の孕石建築設計事務所で、意匠設計のほか、構造計算、経理事務、所長秘書など、あらゆることをやりました。
 平成2年11月に結婚。父の事務所と同じマンションに新居を構えたので、マンションの2階と3階と近所のスーパーを行き来しながら仕事と家庭の両立実現。
 平成5年4月第一子出産。仕事は家での在宅勤務が中心となりました。構造計算書を作る仕事をメインにしていました。
 平成5年12月一級建築士試験に合格。
 平成6年3月現住所に転居。在宅勤務継続。構造計算のほか、父とともに現場管理もいくつか行いました。
 その後景気が悪化し仕事激減。子育てと田舎の嫁業が中心となり、のんびりした生活になじんでいきました。
 今後の仕事展開を本気で考え始めた矢先、平成14年4月、9年ぶりに第二子出産。また、子育て中心の生活に逆戻り。
 平成21年、父がいいかげんに自分の事務所を閉鎖して隠居したいと言い出し、いよいよ覚悟を決めて、設計事務所を開業しました。

これからめざすもの

 100年に一度の不況と言われたなかで大震災が発生し、ひとびとが苦悩する時代に直面してます。 けれど、人と人とのつながり、とりわけ家族のきずなが、しっかりと見直された時代でもあると思います。この時代での、人や家族を包み込む家づくりは、ますます重要なことになると考え、そのお手伝いをする仕事も重要なものであると認識し、こころをあらたにしています。
 私の世代では、まだ女性の一級建築士は少ないですし、この田舎では、本当に珍しい存在だと思っています。
 岐阜は、保守的な考えが強く、特に男性の声が大きいところのように感じています。でも、確実な時代の変化も感じているので、これからは、家を建てる時にも、女性の意見が大きく反映されることが増えてくると思います。
 そんな時代の変化に対応して、女性の意見を率直に聞き取り、設計に反映させていかれるようになりたいと願っています。
 具体的には、三世代同居の経験を生かして現代にあった同居の形態を実現する住宅の提案、高齢者・障がい者だけでなく子供や健常者にもやさしいバリアフリー住宅の提案、目先の使い勝手だけにとらわれず何年後何世代後まで快適に住み続けられる住宅の提案、などを目ざしていきたいと思います。
 また、「自分の家は自分で設計してみたい」という夢をお持ちのお施主様に、専門家としてのアドバイスやサポートをしながらお手伝いさせていただく、という設計方法を取り入れていきたいと思っています。いっしょに楽しく家づくりをしましょう。

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